母のサナエちゃんの家で、冷蔵庫を開けたときのことです。
中には、期限の切れた調味料しか入っていませんでした。
野菜も、卵も、牛乳もない。
買い物に、行っていなかったんです。

2年ほど前のことでした。
当時はまだ母と暮らしておらず、たまに様子を見に行くだけの息子です。
介護福祉士とケアマネジャーの資格を持っていて、デイサービスの生活相談員を12年。
仕事では何十軒とよそのお宅に上がらせてもらって、「ここが危ないですね」を見つけるのが役目です。
その私が、実の母の冷蔵庫を開けるまで、何も気づいていませんでした。
けっこう、こたえました。
同じ冷蔵庫を見ても、読み取れるものが違う
あの光景を見ると、たいていの方はこう思います。
「ごはん、ちゃんと食べてないんじゃないか」
でも、相談員として私が読み取ったのは、違うことでした。
買い物に、行けていない。
調味料は一度買えば何か月ももつので、家事が止まっても最後まで残ります。
裏を返せば、生鮮品がひとつもない。
外に出る力、店まで行く力、荷物を持って帰る力、そして「買いに行こう」と思う気力。
そのどれかが落ちている、ということです。
冷蔵庫は、最近の暮らしがそのまま冷えて残っている場所なんです。
そして、サナエちゃんはこう言いました
「買い物、行ってる?」
そう聞いた私に、母が返した言葉です。
「明日行こうと思っていた。」
嘘ではなく、心配をかけたくない気持ちが、そう言わせるんです。
2026年のお盆は、8月13日から16日。
一年ぶりに実家に帰る方に向けて、私が訪問先でいつも見ているポイントをそのまま並べます。
先に言っておくね。これは「親を監視するリスト」じゃないよ。気づけたらラッキー、気づけなくても誰も責めない。そのくらいで読んでほしいの。
いちばん大事なのは「半年前と比べてどうか」
「これはただの老化なのか、それとも何かのサインなのか」
大事なのは「半年前と比べて、どう変わったか」です。
80歳の人が階段で手すりを使う。
でも、半年前は使っていなかったのなら、それは情報になります。
その差分がいちばんよく見えるのは、専門職でも、毎日会っている家族でもありません。
たまにしか会わない、あなたです。
では、「いつの半年前」と比べるのか
人は、少しずつ変わるのではありません。
何かの出来事のあと、階段を降りるようにガクンと落ちます。
具体的には、この5つのあとが要注意です。
- 仕事や役割を辞めた(退職、町内会やお寺の役、畑をやめた)
- 運転免許を返納した
- 配偶者や親しい友人を亡くした
- 引っ越した
- 骨折した、入院した
もし親御さんにこの1年でこういう出来事があったなら、そこから半年後を見てください。
理由は、あとの「役割と足」のところで書きます。
では、私が見ている5つの場所を、順に挙げていきます。
台所と冷蔵庫|家事が回らなくなっているサイン
「家事が、この人にとって重い作業になっていないか」
これ一点です。
家事は、やらなくても今日すぐには困らないので、静かに、少しずつ後回しになっていきます。
冷蔵庫で見るのは「日付」と「生鮮品があるか」の2つだけで十分です。
買っているものが、同じになっている
母の家に増えていたのは、菓子パンと、カップラーメンと、乾麺でした。
どれも日持ちして、調理がほとんどいらないものです。
買い物の頻度が落ちていること。 日持ちするものばかりになるのは、次にいつ行けるか分からないからです。
そして、火を使う調理がしんどくなっていること。お湯を注ぐだけのものに寄っていくのは、自然な流れです。
責める話ではなく、とても合理的な適応です。
郵便物が山になっている
玄関やテーブルの上に、開封されていない郵便物が積まれていないか。
健診の案内や公共料金の督促、介護保険の大事なお知らせが混ざっていることがあります。
匂い
母のときは、流しにたまった洗い物から匂っていました。
家事が止まった場所から、匂う。
流し、生ゴミ、洗濯物の生乾き、こもった空気、トイレまわり。
匂いは、暮らしている本人がいちばん気づけません。
言っても、たぶん認めてもらえません
洗い物、匂うよ、と母に言いました。
「そうかなぁ。」
そこで押し問答をしない。
親は身構えて、次からもっと隠すようになるだけです。
でも、「そうかなぁ」が返ってきたら、そこで引く。
認めさせる必要は、ありません。
ここ、この記事でいちばん大事なところかもしれない。目的は「親に認めさせること」じゃなくて、「あなたが気づくこと」なの。気づけた時点で、もう用は足りてるんだよ。
見た目と体|顔色・服装・あざ
家の次は、ご本人です。
顔色と身だしなみ
会った瞬間の第一印象を、大事にしてください。
母のときは、髪が伸び切って、ボサボサでした。
美容院に行っていない、ということです。
同じ服を何日も着ている、爪が伸びているのも、気力か外出の機会が落ちたサインです。
季節に合わない服装や靴
真夏なのに厚手の上着。逆に、肌寒い日に薄着。
こうした「季節感のずれ」は、認知症の初期のサインとして知られています。
季節に合わない服装=認知症、では決してありません。
決めつけず、気になったら厚生労働省の認知症施策のページを見てください。本人・家族向けの相談先がまとまっています。
痣(あざ)と、「何だろうねぇ」
半袖から出ている腕やすねに、青あざや黄色くなりかけた痕がないか。
痣を見つけたら、聞いてみてください。
返ってくる答えは、だいたい2種類です。
① 「転んでないよ」と否定される
心配をかけたくない、施設に入れられたくない。
② 「何だろうねぇ」と、本人も覚えていない
母がこれでした。
そして実は、②のほうを気にしてほしいんです。
①は隠しているだけですが、②はいつ・どこで・何があってできた傷か、本人の中に残っていないということだからです。
高齢になると皮膚が薄くなり、軽くぶつけただけでも痣ができます。
心当たりのない痣が繰り返しできているのなら、次の受診のときに医師へ伝えてください。
転倒は骨折につながり、高齢の方の骨折は、寝たきりへ近づく入口です。
聞き方にもコツがあってね。「転んだ?」だと否定されるから、「そのあざ、痛くない?」って痛みの心配から入るの。詰問じゃなくて心配の形にすると、ぽろっと話してくれることがあるよ。
薬箱|余った薬は「食事の回数」を映している
介護のプロが家に上がって、真っ先に見る場所があります。
薬です。
母の薬も、明らかに余っていました。
でも、ここで「飲み忘れているな」で終わらせないでほしいんです。
母の場合、食事が不規則で、1日2食しか食べない日があったんです。
食後に飲む薬は、その食事がなければ、飲まれません。
抜けた食事の数を数えています。
だから、余り方を見てください。
- 朝の分だけ残る/夜の分だけ残る → その時間の食事が抜けています
- 全部まんべんなく余っている → 飲むこと自体を忘れている可能性
- 特定の薬だけ残っている → その薬を意図的にやめている可能性(「効かない気がする」など、本人なりの理由があることが多いです)
残った薬は、捨てないでください。
受診のときに、袋ごとそのまま持っていってください。
母のときも、そう言われて持っていき、その場で量を調整してもらいました。
残薬調整といって、医師や薬剤師にとっては日常的な作業です。
ついでに、「最近、病院いつ行った?」も聞いておいてください。
半年以上行っていないなら、体のことが誰にも把握されていない可能性があります。
薬が余ってても、その場で怒らないでね。「なんで飲んでないの!」は逆効果。「これ多くない?今度の受診で見てもらおうか」くらいがちょうどいいの。

役割と足|親が力を失うタイミング
ガクンと落ちたのは、2回でした。
1回目|74歳、仕事を辞めたとき
母が仕事を辞めたのが74歳。
行く場所がなくなり、会う人が減り、生活のリズムをつくっていたものが消えました。
役割の喪失です。
ただ、このときは持ちこたえました。
理由ははっきりしていて、まだ運転免許があったからです。
役割はなくなっても、足があった。
2回目|78歳、免許を返納したあと
そして78歳で、免許を返納しました。
物忘れが、如実に進みました。
そして、体も落ちました。
介護の世界では、こういう落ち方を廃用(はいよう)と呼びます。
使わないでいるうちに、動かなくなっていくことです。
免許の返納は、安全のためには正しい判断です。
でも同時に、その人から「自分で行ける場所」を全部奪う出来事でもあるんです。
返したあとの足を一緒に決めておかないと、そこから落ちていきます。
そして、冷蔵庫が空になりました
あの冷蔵庫は、母が免許を返納したあとのことでした。
料理をサボっていたのでも、食べる気をなくしていたのでもありません。
買い物に行く足が、なくなっていたんです。
あの「明日行こうと思っていた」は、たぶん嘘ではありませんでした。
行こうとは、思っていたんです。
ただ、行く手段が、なくなっていただけで。
だから、見てほしいこと
冒頭に挙げた5つの出来事は、どれも役割か、足か、つながりを失う出来事です。
- 長く続けていた趣味を、やめた
- 誘われても断るようになった
- 「もう年だから」が口癖になった
- 笑うことが減った、口数が減った
とくに私が気にするのが、「もう年だから」です。
謙遜に聞こえますが、現場では意欲が落ちてきたサインとして受け取ることがあります。
気分の落ち込みが続いている場合もありますが、そこは医学的な判断が必要な領域なので、私が何かを言うことはできません。
「元気がない状態が、あの出来事のあとずっと続いている」
そう感じたら、それだけで相談する理由として十分です。
通帳と引き出し|お金と消費者被害のサイン
金額を詮索する必要はありません。見るのは、管理ができているかだけです。
- 公共料金の払い忘れ(督促のハガキが混ざっていないか)
- 通帳や印鑑の置き場所が分からなくなっている
- 財布がレシートと小銭でぱんぱん(お札で払って小銭が増える=計算が面倒になっているサインのことがあります)
引き出しを、開けてください
母の家で見つけたのは、目のサプリメントでした。
1か月に2袋、2年分が届く契約になっていました。
そして、そのほとんどが未開封のまま、引き出しにしまってあったんです。
① 届き続けていることに、家族が誰も気づいていなかった。
② 未開封だった=本人も飲んでいない。必要のないものにお金が出続けていた、ということです。
③ 契約が「2年分」だった。 この長さが、定期購入のこわいところです。
そして、いちばんお伝えしたいのが見つけ方です。
引き出し、押し入れ、仏間。
「しまう場所」に、しまってあります。
見慣れない高額な商品(羽毛布団、健康器具、浄水器)、箱で積まれた健康食品、頼んでいない通販の品物。
ここでも、その場で怒らないでください。
だまされた側は、恥ずかしくて隠します。
相談先は、この2つ
① 消費者ホットライン「188」(いやや!)
消費者庁の公式ページによると、188は全国共通の番号で、かけると郵便番号などから近くの消費生活センターを案内してくれます。年末年始などを除いて原則毎日、相談は無料です(窓口につながってからの通話料は自己負担)。
契約した直後なら、クーリング・オフが間に合う場合があります。
迷っている時間がいちばんもったいないので、まず188。
② 地域包括支援センター
「詐欺なのか、単に買っただけなのか分からない」くらいのモヤモヤなら、次に説明するこちらで大丈夫です。

見つけたら、どうするか
相談を受ける側にいた人間として、その先を短く書きます。
地域包括支援センターとは
市区町村がつくっている、高齢者のなんでも相談窓口です。保健師、社会福祉士、ケアマネジャーが常駐しています。
厚生労働省の地域包括ケアシステムのページでは「地域の高齢者の総合相談、権利擁護や地域の支援体制づくり、介護予防の必要な援助などを行う」機関と説明されていて、全国に5,000か所以上あります。
相談は無料。まだ介護保険を使っていなくても、まったく問題ありません。
探し方は、「(親が住む市区町村名) 地域包括支援センター」で検索が最短です(厚生労働省の介護サービス情報公表システムからも探せます)。
担当は「親の住所」で決まります。 あなたの住所ではありません。
電話で、なんと言えばいいか
「◯◯町の△△(親の氏名)の息子(娘)です。
久しぶりに実家に帰ったら、少し気になることがありまして。」
伝えると話が早いのは、この3つだけ。
- 親の氏名・生年月日・住所(担当エリアの確認に使います)
- 見たものを、そのまま。 「元気がない」ではなく「薬が2か月分余っていた」「引き出しにサプリが未開封で入っていた」
- いつまで実家にいるか
「16日までこちらにいます」と言えるかどうかで、動きの速さが変わります。
「まだ介護保険使ってないんですけど…」って申し訳なさそうに言う人、すごく多いの。でもね、使ってない段階の相談こそ、包括がいちばん求めてるやつなんだよ。堂々と電話していいの。
相談したあと、実際に介護保険を使うまでの流れは要介護認定の申請方法【完全ガイド】にまとめています。

帰省中にやっておくと、半年後に効くこと
いざというとき、ご家族に聞いても答えが返ってこなくて困るのが、この4つ。
- お薬手帳をスマホで撮る。 全ページ。入院時にも介護保険の申請時にも必ず聞かれます
- かかりつけ医の病院名・主治医の名前・次の受診日をメモする
- 介護保険証(被保険者証)のありかを確認する。65歳で全員に届いていて、たいてい引き出しの奥で眠っています
- 家の中の写真を数枚、撮っておく。 台所、冷蔵庫の中、玄関。次に帰ったときの比較になります。これが一番効きます
お薬手帳の写真1枚でも、あるのとないのとではまったく違います。
「そもそも介護保険って何?」というところから知りたい方は、介護保険とは?【超わかりやすく解説】を先に読んでみてください。
あの日、私が実際にしたこと
あの冷蔵庫を前にして、私が母に聞いたのは一言だけでした。
「買い物、行ってる?」
返ってきたのが、あの「明日行こうと思っていた」です。
私は、そこを追及しませんでした。
その日、一緒に買い物に行きました。
やったことは、それだけです。
でも今振り返ると、これが正解だったと思っています。
理由は2つ。
ひとつは、問い詰めても何も出てこないから。
匂いのときの「そうかなぁ」と、痣のときの「何だろうねぇ」。
親から返ってくるのは、いつもそれです。
もうひとつは、一緒に行くと、全部わかるからです。
買い物への同行は、実は最高のアセスメントなんです。
- 歩く速さ。途中で休まないか
- 坂道や階段で息が切れないか
- カゴを持てるか。荷物を持って帰れるか
- レジで小銭が出せるか
- 生鮮品に手が伸びるか
- そもそも、店までどうやって行っていたのか
そして何より、本人のプライドが守られる。
「買い物に行けなくなった」ではなく、「息子が来たから一緒に行った」になるからです。
あの日の買い物は、母にとって久しぶりの「足」でもありました。
同行というのは、失われた足を、一日だけ貸すことでもあるんです。
追及ではなく、同行です。
問い詰めない。
確かめない。
その日、一緒に行く。
今回は帰省で気づくサインの話でしたが、まだ元気なうちに何を準備しておくかは親の介護はいつから準備する?に書いています。デイサービスを使うといくらかかるのかはデイサービスの費用はいくら?が参考になるはずです。
「まだ元気だから大丈夫」と思っているあなたへ
全部当てはまらないと相談してはいけない、なんてことは一切ありません。
ひとつでいいんです。
「腕に痣があった」だけで、電話していい。
「薬がやたら余ってた」だけで、十分な相談理由です。
年を取れば、誰でも少しずつ変わります。
大事なのは、その変化に誰かが気づいていることです。
気づけなかったことで、自分を責めないでください。
12年、人さまの家の危険を見つけるのを仕事にしてきた私が、実の母の冷蔵庫を開けるまで気づけませんでした。
プロでも、そうなんです。
そして、気づけたかどうかは、親を思う気持ちの量とは何の関係もありません。
見ていなかったのではなく、見る場所を知らなかっただけ。
親は、心配をかけまいと必ず「大丈夫」と言います。
「明日行こうと思っていた」と言い、「そうかなぁ」と言い、「何だろうねぇ」と言います。
言葉ではなく、冷蔵庫と、郵便物と、腕の痣と、流しの匂いが、代わりに教えてくれるだけです。
気になったら、電話一本。
無料です。
そして、その日は一緒に買い物へ。
いってらっしゃい。
気をつけて。


