母との同居から、1か月がたちました。びっくりするような事件は…ありません。でも、うれしい変化がいくつもあったので、続報をお届けします😊
こんにちは。
このブログを書いている、52歳の息子です。
この6月から始まった、80歳目前のサナエちゃんとの同居。
気がつけば、1か月がたっていました。
前回は、「思ったよりずっと穏やかに始まった」というスタートの話を書きました。
▶ 母との同居が、思ったよりずっと穏やかに始まった話 ― 52歳・息子のスタート記
「最初だけ穏やかで、そのうちガタガタくるんじゃないの?」
……というか私も、内心ちょっと疑ってた。
結論から言うと、1か月たった今も、わが家は穏やかです。
それどころか、サナエちゃんにも、私たちの側にも、「おっ」と思う変化がいくつもありました。
今回はその1か月を、そのままお話ししますね。

畑を耕し始めた母

1か月でいちばん驚いたのが、これでした。
ある日、サナエちゃんがぽつりと言ったんです。
「家にある畑で、野菜を作りたいんだよね」
わが家には、ちょっとした畑があります。
サナエちゃんはそう言うと、本当に草取りを始めて、畑を耕し始めました。
言うだけで終わるかな、と思っていたら、まさかの即行動(笑)

市営住宅でひとり暮らしをしていた頃には、見たことのなかった姿です。
「やりたいことがある」って、こんなに人を元気にするんですね。
……80歳を前にして、まだ新しいことを始められるんだな。
デイサービスで相談を受けていても、いつも感じていることがあります。
高齢の方にとって、「役割」や「楽しみ」があることは、どんな健康法にも負けないくらい大事だということです。
デイサービスの利用をすすめるときも、体操やお風呂そのものより、「行く場所がある」「待っている人がいる」ことが元気の源になる方が多いんです。
サナエちゃんにとっては、「自分の畑」「自分の野菜」という小さな役割が、毎日にハリを作ってくれているのだと思います。
ちなみにわが家、ついに耕運機も買いました。

本気度、伝わるでしょうか😊
収穫できたら、この記事の続きで自慢させてください。
ただ、これからの季節はどんどん暑くなります。
「畑仕事は朝の涼しいうちにね」と、声かけだけはしっかりしています。
高齢の家族の夏の過ごし方は、こちらの記事にまとめています。
母と義母・エミちゃんの、お茶のみ時間
わが家は多世代同居です。
同居を始める前、私がひそかに気にしていたのが、サナエちゃんと、義母のエミちゃんの関係でした。
嫁姑ならぬ、”母同士”の距離感。
お互い気をつかいすぎて、疲れてしまわないかな、と。
ところが、ふたを開けてみたら。
ふたりは、たまにですが、楽しそうにお茶のみをしているんです。
毎日べったり、ではありません。
「たまに、気が向いたときに」くらいの、ちょうどいい距離感。
家の中から聞こえてくる笑い声に、私のほうがホッとさせられています。
ちなみに息子は、そのお茶のみに呼ばれたことがありません(笑)
考えてみれば、ひとり暮らしの頃のサナエちゃんには、こういう「なにげないおしゃべりの相手」がいませんでした。
同世代の話し相手が、同じ家にいる。
……これは息子の私には、どう頑張っても代われない。
多世代同居ならではのありがたさだなと感じています。
同居って「家族みんなの相性」も大事なんですよね。近すぎず、遠すぎず。この「ゆるさ」がわが家には合っているみたいです。
生活が整って、自分でできることが増えた
そして、この1か月でいちばん大きかった変化。
それは、サナエちゃんの生活が整って、自分でできることが増えてきたことです。
じつは、ひとり暮らしだった頃は、昼夜逆転ぎみでした。
変な時間にご飯を食べたり、食事も麺類や菓子パンで済ませることが多かったんです。
それが今は、家族と同じリズムで起きて、同じ食卓を囲んでいます。
変な時間の食事も、いつのまにかなくなりました。
当たり前のようですが、この「当たり前」が、ひとり暮らしだとなかなか難しいんですよね。
変わったのは、リズムだけではありません。
最近は、自分でご飯を炊いたり、料理をしたりする姿も見られるようになりました。
洗濯は、エミちゃんが仕方を教えてくれて、今では週1回、自分でやっています。
前回の記事では「洗濯の仕方は家族が教えて、一緒にやってくれている」と書きました。
それが1か月で、「自分でできること」に変わりました。
お風呂も、たまにですが家で入るようになって、新しい暮らしに慣れてきた様子です。
デイサービスにも、楽しそうに通っています。
それに、慣れてきたのはサナエちゃんだけではありません。
周りの家族のほうも、です。
「特別なこと」だった同居が、少しずつ「ふつうの毎日」になってきた気がします。
これは、デイの現場でも本当によく出会うケースです。
ひとり暮らしの高齢者の方は、食事や生活リズムが乱れやすいんです。
- 「ひとり分だけ作るのは面倒」で、食事が簡単なものに偏る
- 時間を合わせる相手がいないので、起きる時間・寝る時間がずれていく
- 誰とも話さない日があると、昼夜逆転に気づきにくい
もし離れて暮らす親御さんがいる方は、「最近、何時ごろにご飯食べてる?」と聞いてみてください。
食事の時間と内容は、生活リズムの乱れに気づく、いちばん身近なサインだと思います。
「誰かと一緒にご飯を食べる」というだけで、こんなに生活が整うのか。
……頭で知っているのと、目の前で見るのとでは、まるで違う。
知識としては知っていたことを、自分の親で目の当たりにした1か月でした。
息子側にも、うれしい変化がありました

ここまでサナエちゃんの変化を書いてきましたが、変わったのは本人だけではありません。
息子である私のほうにも、うれしい変化がありました。
ひとつは、「様子を見に行く」負担が、ぐっと減ったことです。
ひとり暮らしだった頃は、家を行き来したり、様子を見に行ったりしていました。
元気にしてるかな、ちゃんと食べてるかな、と。
同居した今は、同じ家の中にサナエちゃんがいます。
「見に行く」ための時間も、頭の片すみにあった心配も、だいぶ軽くなりました。
離れて暮らす親の見守りは、思っている以上に負担が大きいもの。
これは同居のメリットとして、実感を込めてお伝えしたいところです。
もうひとつは、弟家族との交流が増えたことです。
たまにですが、食事に誘ってくれたり、孫の誕生日のお祝いに呼んでくれたり。
ありがたいし、正直、楽しいです(笑)
「同居はサナエちゃんのため」と、どこかで思っていました。
でも実際に始めてみると、私たちの側にも、こんなにいい変化があるんですね。
得をしているのは、どっちなんだか(^^;
1か月やってみて思うこと
前回の記事で、わが家のゆるいルールとして「見守る」「抱え込まない」と書きました。
1か月やってみて、実際どうだったか。
まず「やってあげる」より「見守る」。
これは、思っていた以上に正解でした。
畑のことも、私が「危ないからやめたら」と先回りしていたら、あの生き生きした姿はなかったと思います。
……「危ないから」は、たいてい私の都合。
できることは本人にまかせて、こちらは声かけと見守りだけ。
サナエちゃんの元気は、本人自身の「やりたい」から生まれる。
この1か月で、いちばん腑に落ちたことでした。
そして「ひとりで抱え込まない」。
こちらは正直、まだ本格的な出番がありません。
家族みんなが自然に関わってくれているので、私が「介護している」という感覚は、ほとんどないんです。
ただ、これは今が穏やかだから言えること。
この先、大変な時期が来たときのために、「頼っていい」という気持ちだけは忘れずにいようと思います。
それと、もうひとつ。
1か月暮らしてみて思うのは、「同居の効果は、じわじわ出てくる」ということです。
初日に劇的な変化があったわけではありません。
毎日同じ時間にご飯を食べて、たまに笑って、少しずつ体を動かして。
その積み重ねが、1か月たって振り返ると、ちゃんと形になっていました。

おわりに ― 同じ立場の方へ
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
親との同居1か月目のわが家は、こんな感じです。
畑を耕し始めたサナエちゃん、たまのお茶のみ、整ってきた暮らし。
そして、私たち側のうれしい変化。
どれも小さなことですが、この「小さな変化」こそが、同居してよかったなと思える瞬間でした。
もちろん、まだ1か月。
これから先、うまくいかない日もきっとあると思います。
……というか、たぶん来る。
そのときは、そのときの正直な気持ちも、ここに書いていきますね。
「これから親と暮らすかも」という方に、少しでも参考になればうれしいです。
どうか、無理のないペースで。
一緒に、少しずつ進んでいきましょう。
このとき耕し始めた畑が、そのあとどうなったか。夏に採れた野菜の写真は、こちらの記事に載せました。→ 90代で、いとも簡単に針に糸を通す人がいます|9月21日は認知症の日



