母の介護で気づいたこと〜介護の現場で働く私でも、家族だからこそ難しかった〜

母の介護で気づいたこと|介護の現場で働く私でも、家族だからこそ難しかった 親の介護

✏️ この記事を書いた人:わらびもち
北海道・釧路のデイサービスで2014年から介護職員と生活相談員を兼務。介護福祉士・ケアマネジャー資格保有。実母の介護も経験しており、「介護のプロ」と「家族介護者」の両側面から発信しています。記事の内容は個人の経験・見解に基づくものです。医療・介護の具体的な判断は必ず専門家にご相談ください。

📌 この記事でわかること

  • 介護職でも家族の介護が難しいと感じた体験
  • 母に起きた変化のサインと対応の難しさ
  • 今実践している3つの工夫

私は北海道でデイサービスで介護職員と生活相談員を兼務しています。この仕事は2014年から。ケアマネジャーの資格も持つ50代です。そんな私が今、母を在宅で介護しています。

「12年も介護の仕事してるんだから、慣れてるよね」

そう言われるのが、正直しんどかった。

仕事では冷静に対応できます。なのに母のことになると、気持ちがぐちゃぐちゃになる。そんな自分が情けなくて、しばらく誰にも言えずにいました。

今日は、そのことを正直に書いてみます。

母に起きていた変化

気になりだしたのは2年ほど前

はじまりは、小さな違和感でした。「ちょっとおかしいな」くらいの、ほんの小さなひっかかりです。

  • 運転免許の更新を忘れていた
  • 薬を飲み忘れる日が増えた
  • 食事がおろそかになってきた
  • 公共料金の支払いが滞るようになった
  • 必要のない保険に次々と加入していた

ひとつずつなら「年のせいかな」で片づけられそうなことばかり。でも積み重なると、さすがに見過ごせなくなってきました。

指摘すると怒る、という壁

「これ払ってないよ」「薬飲んだ?」私がそう声をかけると、母はひどく不機嫌になりました。

「わかってる」「余計なお世話」「あんたに関係ない」

現場で働いていれば、こういう反応が認知機能の低下から来ることは知っています。頭ではわかっているんです。それでも面と向かって言われると、やっぱり傷つきました。

受け入れたくなかった理由

「現場を知ってるから大丈夫」という思い込み

仕事では、ご利用者さんの状態の変化に気づきます。それをご家族に伝えるのが、私の役割です。

でも自分の母のこととなると、不思議なほど冷静になれませんでした。

「仕事のご利用者さんとはどこかで線が引ける。でも母は違う。」

その線がないことが、こんなに苦しいなんて。あのとき初めて知りました。

認めたくなかった、という本音

正直に言います。現実を受け入れたくなかったんだと思います。

母が変わっていく。それを認めるのは、「もう昔の母じゃない」と認めるような気がして。どうしても踏み出せずにいました。

現場の知識があること。感情が追いつくこと。この2つは、まったく別のことでした。

今の私がやっていること

完璧にやろうとするのをやめた

介護に正解はありません。現場を知っているからといって、完璧な家族介護ができるわけじゃない。

そう思えるようになってから、少し楽になりました。今は次の3つを意識しています。

  1. 感情が高ぶったら一旦その場を離れる — 冷静じゃないときに話し合っても、お互いが傷つくだけ
  2. できていることに目を向ける — できないことばかりに注目せず、母がまだできていることを見つけて伝える
  3. ひとりで抱えない — ケアマネさんや兄弟と情報を共有し、「私だけが頑張る」状況を作らない

それでもまだ、難しい

正直、今も難しいと感じる日はたくさんあります。

それでも「現場で長く働いてきた私でも、こんなに揺れるんだ」。そう思えるようになってから、自分を責めることが減りました。

「現場経験があるのに、なんでうまくできないんだろう」。もし今そう感じている方がいたら、これだけは伝えたいです。そう思うのは、あなただけじゃないですよ。


子育てと介護が重なっている方はこちらの記事もあわせてどうぞ。

同じような経験をされた方、今まさに揺れている方。あなたの言葉が、誰かの支えになることがあります。まずは、身近な誰かに話してみてください。

あれから、母を物忘れ外来に連れて行きました

ここまで、受け入れられなかった話ばかり書いてきました。

でも、この記事を書いたあと、私は動きました。母を物忘れ外来に連れて行ったんです。

とはいえ、すんなりとはいきませんでした。正面から「病院に行こう」と言えば、やっぱり渋られます。

決め手になったのは、誘い文句をひとつ変えたことでした。受診のあとには、地域包括支援センターで介護保険の申請まで済ませています。その日のやりとりは、別の記事にまるごと書きました。

仕事では、何十回も人に説明してきた手続きです。それを自分の家のこととしてやるのに、私はずいぶん時間がかかりました。

あのとき動けなかった私が、やっとここまで来た。それだけの話です。えらそうなことは何も言えません。

ただ、もし今「どう連れ出せばいいんだろう」と悩んでいる方がいたら。お茶でも、買い物でも、そのあとの楽しみをセットにするのは、ひとつの手だと思います。

この日のことは、別の記事にくわしく書きました。

「終わったら六花亭でお茶しよう」母を物忘れ外来へ連れ出した日

必要のない保険が、10本以上ありました

母の変化のひとつに、「必要のない保険に次々と加入していた」と書きました。

ここは、もう少しくわしく書いておきます。同じことが起きているお宅が、たぶんあると思うので。

名義は、母だけではありませんでした

母が入っていた保険は、ぜんぶで10本以上ありました。

驚いたのは、その名義です。

  • 母本人の名義
  • 私を含めた、子どもたちの名義
  • 孫たちの名義

すべて終身保険でした。契約者は母、名義は家族。つまり私は、自分名義の保険があることを知らないまま何年も過ごしていたわけです。

相談員として、ご家族に「お金まわりも見てくださいね」と言い続けてきた私が、です(笑)。いや、笑えないんですけど。

気づいたきっかけは、突然の電話でした

そのうちの一部は、引き落としができずに強制解約になっていました。

私がそれを知ったのは、新しい担当者の方から連絡をもらったときです。代理で契約の手続きをする話で、直接電話が来ました。

そこで初めて、全体像が見えたんです。

本文に書いたとおり、母は公共料金の支払いも滞っていました。保険料の引き落としも、たぶん同じところでつまずいていたんだと思います。

親の通帳の引き落としを見ると、けっこう分かります。

毎月、何がいくら落ちているのか。見覚えのない引き落としはないか。ここは一度、目を通しておく価値があります。

解約は、思ったより手間がかかりました

大手の生命保険会社に電話をして、解約したい旨を伝えました。すると、引き留められました。

「別の担当がお伺いしたい」とも言われました。これはお断りしました。

結局、カスタマーセンターに連絡して、郵送で解約しました。別の保険会社の分も、同じように進めました。

書類のやりとりが、とにかく多い。届いて、書いて、送って、また届く。途中で心が折れそうになりました。

ここでお伝えしたいのは、次の3つです。

  • 親が家族名義で保険に入っていることがあります
  • 気づく入口は通帳の引き落としです
  • 解約は手間がかかります。気力があるうちに動いたほうがいいです

とくに3つめ。介護が本格的に始まってからだと、この手間はかなりこたえます。私は「もっと早く見ておけばよかった」と何度も思いました。

親のお金のことは、聞きにくいです。でも、聞かないままだと、あとで倍しんどくなります。

お金まわりの話は、こちらの記事もあわせてどうぞ。

【名義預金に注意】親の財産管理で失敗しない相続・暦年贈与の基本

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同じテーマで、このブログを始めたときの記事もあります。→ 介護の仕事と家族の介護、両方をやってみてわかったこと

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